平成17年度 大分市視聴覚センター教材制作PC部会制作   2006/2/23  
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別府の観光につくした 油屋熊八あぶらやくまはち  
 「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」
 この言葉でも有名な熊八は、別府観光の生みの親と言われています。
 油屋熊八は、1863年愛媛県宇和郡佐田に生まれました。15才の頃より家業である米問屋で本格的に働き、その後大阪、アメリカ等で働いていました。熊八が別府で活動を始めたのは、49才の時からでした。油屋熊八は、当時まだあまり有名でなかった別府を観光地にしようと、別府港にさんばしを作る運動をしたり、観光バスを通して日本で始めてのバスガイドを乗せたりしました。地獄めぐりも熊八のアイデアの一つだそうです。 
油屋熊八 別府公園
 別府公園にある油屋熊八の肖像  別府市山の手にある別府公園。広い敷地にたくさんの樹木が植えられ、熊八の碑がある。
熊八の碑 熊八の碑
 別府公園にある油屋熊八の碑  「油屋熊八おきなの功績」を記した碑
熊八の碑 熊八の碑
 観光バスに日本で最初のバスガイドを導入  「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」という標柱を富士山に立てて別府をアピール。
熊八の碑 熊八の碑
 温泉マークを使い湯の町別府をアピール  別府港の建設にも力を注いだ
熊八の碑 熊八の手形
 別府〜大阪の航空便の開設にも力をつくした。  小さいころから大きな手のひらであることが有名。
手の平の大きさを競う大会を開いたりもした。

 

油屋熊八関係年表 温泉マークの由来
愛媛県文化振興財団 - 「文化愛媛」特集より 日名子太郎と油屋熊八
BMP 経営者復活途上ストーリー 油屋熊八物語|別府市ウェブサイト|
あっと九州 OAB

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